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ひと相手の仕事はなぜ疲れるのか―感情労働の時代
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| 商品カテゴリ: | 医学,薬学,医療,看護,介護
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| セールスランク: | 17577 位
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「感情労働」問題に取り組む時期がやってきたようです。
本書で取り組まれているテーマ、「感情労働」という話題性のあるキーワードに惹かれ、そのコンテンツを理解したいために読んでみました。
今まで、「肉体労働」による体の酷使が、そのあとに「頭脳労働」によるストレスや過労死が大きくクローズアップされていました。
それに代わって、分類として新しく、第三の労働要素である「感情労働」により、PTSDなどの後遺症を引き起こす可能性があるということが問題視されるということです。
医療やを教育を含み、対面接客や電話応対による各種サービスに携わる人においては、表情は作り笑いの笑顔でも、心の中では悩んでいる人は多いようです。もしくは、その時は何事もなかったようにみえて、後々にトラウマとなり心を蝕んでいくようです。
まさしく今、「感情労働」に対して真摯に取り組み、心のケアを話題にする時期が到来したのではないかと思います。
本書は、そういったことが問題視されますよという危険信号を発していますが、「感情労働」を中心とした言葉を紹介していることにとどまっています。
話題性があるフレーズに取り組んでおられるので、問題とする事象を多岐に渡って広げずに、ロジカルに、クリアに主張しようとする論点に絞り込んでまとめ上げれば、一層読者への理解が深まったのではないかと思います。
読みやすい本です。
良いところだけをみれば 良い本です。読みやすく わかりやすい本です。
余計なことも多いのですが、
夏石鈴子の小説「いらっしゃいませ」を教えてくれたりして(しかし なぜに角川文庫はすぐに品切れになる。。。)
映画の「カッコーの巣の上で」も一度TVでみたけれど 病院スタッフが出演していた話、へえそうかと 思わずDVDを買ってしまいました。
もちろん 急変 という言葉がわからなかった話には びっくりですが、頻回みたいな業界用語なんですかね、と勉強になりました。
TLCも 考え方が いろいろある という理解でよいかと思います。
筆者も 適当に らんぼうに ちゃらんぽらん という略語 という話まで書いていることだし。
「感情労働」をつまみ食いするための本
自身の経験や考えに基づいて書かれた本と、そうでない本がある。本書は多くのリサーチ活動に基づいている点では後者に属するものである。「感情労働」に関して活動をし、あるいは著作を発表している多くの人々が紹介されており、「感情労働」を初めて知りたい者がこの世界をかいま見るためには格好の本である。
しかし他人の著作から文章を引用した上で、それを真っ向から否定するのであれば、武井氏はそれらの方々の名前をアルファベットで伏せるような卑怯なことはすべきでない。これは本書の拭いがたい汚点であり、アマゾンにおける他の読者諸氏の批判は正当なものである。残念ながら他者の文章の引用や、それに対するコメントの合間にわずかに見受けられる著者自身の個人的見解には見るべきものがなかった。
結論としては、残念ながら購入するほどの価値はない。
急変の意味を知らなかった?
著者略歴をネットなどでみるに、臨床は精神科・メンタルヘルスのみで、しかも臨床経験自体浅い方と見受けた。本書でも急変の意味を知らなかったなど、驚きの人である。
感情労働の文献としてはあまりに皮相的で、引用された事例の誤り、自説の補強のための強引なこじつけ、浅薄な考察は最後まで読みとおすに苦痛さえ感じられた。
例えば65ページ6行目から10行目にある記述はその好例である。
目次から最後まで目を通すと医師に対して執拗な悪意を感じる。イニシャルで記載された医師も、ブログで問題にされた医師も個人を特定できる書き方をされた上に自説に都合のよい側面だけを取り上げ、彼らを誹謗中傷しているだけである。他の職種への言及との落差は異様だ。
看護の立場から見ても...
筆者の看護職としての経験の浅さというか、考えの浅薄さが気になった。私は看護師として臨床で10年余り働いてきた。もちろん、患者や家族からの暴力や人を人とも思わない振る舞いに耐えてきた経験もある。でも、それは臨床での日常の一部であり、全てではない。それら極端な事例でもって看護や医療を語ろうとする危うさをこの本から感じた。医療で飯を食っている人達は、理想と現実とのギャップや自分達の限界をもう少し冷静に受け止めているし、結構したたかな面ももっていると思う。でなければ、長くは働けないし、それは医療に限らずどの分野でも同じではないかと思う。
留意すべきは、TLCへの批判について。私は、TLCが万能とも絶対とも思わないが、ターミナルケアでの”一つの関わり方”ではあると考えている。実際、そうして患者を見送った経験もある。筆者の批判で疑問に思うのは、TLCの紹介者であるH医師はクリスチャンであり、単にキリスト教的な文脈で医療を語っているにすぎないということを了解しないこと。H医師の立場で語れば、TLCは患者ー医療者の双方の魂の救済の道程となり得るのだろう。でも、それはキリスト教的医療観であり、私のような信仰を持たない者にはなんら強制力はない。ただ、「そういう方法もあるのか」と参考にするだけだ。なぜ、文中で苛烈な批判を繰り返すのか意図がわからない。第一、引用元を明記しているし、本文を読めば誰を批判しているのか容易にわかるのだから、イニシャルなどにせず、実名で紹介して議論を挑めば良いと思う。中途半端なぼかし方に不快感を覚える。
あと、筆者は臨床で働き始めた後も、”急変”の意味を知らなかったと記している。看護学生でも知っている言葉なのに...。「知らぬは一時の恥...」とも言えるが、返す刀で”重体”という一般で使用される言葉が医療現場で使われないということで、医療が死を意味する表現を避けているとも記す。呆れた話である。医療の現場では、”重体”の代わりに”重症”と表現しているだけのことだ。
ちなみに、”シュテルベン”、”お迎えに来る”、”(既に亡くなった患者さんが)連れに来た”などなど...臨床では死を意味する表現は豊かだ。ただ、一般の方々のお気持ちを憚ってあまり口にしないのだが。
このような、看護にあまり理解のない先生が看護について語られても...困惑が深まるばかり、というのが正直な感想だ。
大和書房
感情と看護―人とのかかわりを職業とすることの意味 (シリーズケアをひらく) 管理される心―感情が商品になるとき 感情労働としての看護 自己コントロールの檻―感情マネジメント社会の現実 (講談社選書メチエ) 「グループ」という方法
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